半券

 wikiに書いてなかったから結婚してるって知らなかった、来歴と代表作のほかに配偶者のアリナシもちゃんと書いておいてくれないとこまる。雑誌に子育てコラム持ってるくらいならwikiに子持ちだって書いておいてほしい、せめてリンクにその雑誌を貼ってくれ。インディーズで出してたCDはamazonで売ってたから買った、在庫が残り三枚だったからちょっと焦った。昨日ポチったら今日ポストに届いた、インターネットは敵にも味方にもなる。フルネームでググったらライブカメラマンが君のポートレイトを撮ってたから全部右クリックでDLした、わたしには写真は嫌いだって一枚も撮らせてくれないのににっこり笑っていて、カメラマンの名前をこっそり確認した。なんたら香澄って絶対女だしなんなの無性に腹が立つ。


「付き合おう」「うん」がなくても始まる男女の関係みたいなの、爛れてるようで気持ちが悪い、悪いけどそういうふうにしかもうはじめかたなんてわからない。全部知ってる君の友達がみんな揃ってわたしのことを公認の彼女みたいに扱ってたのも信じられない。
 わたしはもう大人だから、「付き合おう」「うん」がない人とセックスしても窘めてくれる友達はいなくて、そして親身になってくれる恋人だっていなくて、だからなにもかも、わたしひとりで決めなくちゃいけない。わたしのことを大切にしてくれるはずだった人は君で、その君にぞんざいに扱われるとすると、わたしはあっという間に、紙屑みたいな存在になってしまう。

 なるべく温度を変えずに「あれ、結婚してたんだね」って聞く、そうしたら君は「今日は天気がいいね」って感じで「そうだよ、言ってなかったっけ?」って返す。返答の温度に浮き沈みが見られなかったことにわたしは若干絶望して、ああそうか、わたしはそっか、そういう存在なんだね、って改めて思い知る。


 いい人を絵に描いたみたいな君の笑顔の裏を探るのがしんどくてそっけないメールしか返さなくなった、簡単に絶縁できない程度にしか君のこと好きじゃないわたしも同罪だと思った。

 

 ライブに行ったらいつも書いていてくれたわたしの名前がゲストの欄からなくなっていて、まごまごしてたら別のバンドの、顔見知りのスタッフさんがあまってたスタッフパスをくれた。そっけなくなったわたしを知らない彼のバンドメンバーが「あれ、今日あいつ、お前が来るって言ってなかったんだよな、ほかのバンドに入れてもらった?」って無邪気に聞くから、わたしは笑ってドリンクカウンターに急いだ。

 こいびとでもないし付き合ってもない、「好き」だけくれたらそれでよかったのに、「ほんとう」とか「誠実」とかそういう、あおくさいものを求めたわたしがわるい。そういうのって全部、「めんどくさい」って定義されるんでしょう、知ってる。

 

 大人になってだいぶたつのに、わたしは全然、大人の世界みたいなものに慣れることができない。『一生慣れる気がしない』って言い切っちゃいたいけど、もしかしたら一年後ぐらいにはすっかり馴染んで慣れてしまうのかなとも思う。レトリックのトリックみたいなものをぶん回すようになって、何事にも傷付かなくなって、でもたまに傷付いた顔をしてみせるような気もする。多分わたしは自分で思うよりも、ずっと図太くて強欲だ。